早期退職〜デュアルライフ目指して

東京と蓼科のデュアルライフを目指すプレシニア(54歳)です。健康とお金のことを中心に綴ります。

在宅からホスピスに

こんにちは。しおんです。
すっかり寒くなりましたね。一足飛びに冬になってしまったような気がします。

 

◆長いようで短い1か月
蓼科にきてから先日でひと月経ちました。両親の山荘にて母と共に父の介護に携わりましたが、時間はあっという間に過ぎていきますね。
知らないことばかりのなか、幸い、茅野は在宅医療の体制が整っており、スタッフの皆さんの熱意にも支えられて何とか努められたかと。
ありがたいことだと思います。


◆父の容体
この間、父の病状は進み、ゆるやかに体力が落ちていきました。

母は、体力維持のために食べてもらおうと食事を工夫して用意したり、杖で立って食卓につくよう励ますなど、健気に努めていました。

ただ、父は、モノを食べようとしても咽せてしまったり、そもそも食欲が出ない様子が顕著になり…
だんだん食べる事じたいが難しくなってきた様子。

私が患者だったら、そんななか励まされるのもちょっとツラいような気がするなぁと感じることも。もちろん母の気持ちも痛いほどわかるのですが…
そこで思い切って、父に聞いたら、"正解!"と。


◆緩和ケア病棟に
次第に立ちあがる事も厳しくなり、入浴サービスを受けていたお風呂などもままならい状況に。
父もいろいろ考えたようで「入院したい」と。

ちょうど私が介護に参画してから1ヶ月前の事でした。

往診の先生に相談したところ、先生は父の本心を知りたいといろいろ聞いてくださいました。すると、家族に迷惑をかけたくないというよりは、"病院にいる方がなんとなく安心だから"との気持ちがわかりました。父なりの気遣いかもしれませんが、入院を切望する、とも。

母は、在宅で最期までという気持ちの間で揺れていましたが、弟たちとも相談し、何よりも本人の希望を優先しようと家族全員で合意し、急遽、緩和ケア病棟に入院しました。


◆肺炎の治療、そして残された時間
入院当日は、設備の整った綺麗な個室のなか、父も安心して横になっていました。
私は、何枚もの書類を書き(いつも思いますが手続きってホント面倒ですよね!)、ひと通りの検査もして頂き、少しホッとして帰途につきました。

翌日は母が付き添い、私が留守番。この日は、血中酸素濃度が80とのことで、酸素吸入などもしつつ様子を見ていたそうですが、まぁ大丈夫だろうということで夕方帰宅。

 

が、突然夜中に病院から連絡を受け、二人で駆けつけました。
肺に痰が詰まり、肺炎を発症しているとの事。
抗生物質の効果で、今はいったん容体は安定したものの、いつ何があってもおかしくない状況だそうです。(その意味では、入院した方が何となく安心といっていた父の考えが当たっていたのかも)

また、モノが食べられなくなると"徐々に枯れていくように最後を迎える"のが一般的との説明を受けました。期間的には2週間程度とのことです。


◆穏やかに過ごせますように
その事自体は、以前から往診時に伺っていたので、とうとうそういう時期に至ったのだと改めて認識しました。

そこで、離れて暮らす弟達に連絡し、今は15分なら面会可能という事を伝えました。月の初めは何とか食卓についていたので、その姿を見ていた二人にはショックでしょうけれど…。

週末にはお見舞いに来ることができそうで良かったです。

今は母と交替で、泊まり付き添いをしていますが、何よりも、父が、苦痛を感じることなく、穏やかに最期の時を迎えられるようにと思います。

 

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今朝は気持ちよく晴れましたね。ラウンジからも山々が綺麗に見えました。心地よい空気のなか、ストレッチとエアー縄跳びで、気持ちを一新できました。